
この歌に描かれている人形が昭和2年にアメリカから贈られた「友情の人形」ではなく、実はキューピーであることを知る人は少ないのではないでしょうか。

野口雨情は回想文の中でアメリカ生まれのセルロイドで出来たキューピーが子供達に人気があるのを見て、この歌の歌詞を思いついたと述べています。この歌 は、あっという間に子供達の愛唱歌として広まりました。そこから、ひとつの大きな親善事業にまで発展していったのです。

野口雨情がこの童謡を作ったもうひとつの理由は、「全てが国境なしの愛の教育でなければならない」という思想のもと、日米の友情の証として作ったのです。

青い眼をした お人形は
アメリカ生れの
セルロイド
日本の港へ ついたとき一杯涙をうかべてた
「私は言葉が わからない迷い子になったらなんとしよう」
やさしい日本の 嬢ちゃんよ仲よく遊んでやっとくれ仲よく遊んでやっとくれ
作曲:本居長世
日本の港へ ついたとき一杯涙をうかべてた
「私は言葉が わからない迷い子になったらなんとしよう」
やさしい日本の 嬢ちゃんよ仲よく遊んでやっとくれ仲よく遊んでやっとくれ
作曲:本居長世

















